shutosfootball’s blog

1996年生まれ、広島→オーストラリア→筑波大学体育専門学群、蹴球部にて活動。卒業後はドイツに渡りサッカー選手をしている。「海外でサッカー」をテーマに色々書いていきます。

「こうなりたい」か「こうはなりたくない」

自称細マッチョは細いだけだから騙されるな。どうもシュートです。

 

今回はサッカーだけでなく、全員一度は考えたことがあると思うことについて書いていこうと思います。内容はタイトルにある通りで、皆さんは、「こうなりたい」って思いながら過ごしますか?「こうはなりたくない」って思いながら過ごしますか?

皆さんがどっちの考え方なのかぜひ教えてほしいです。なので僕の考え方から書こうかなと。

子供の時は基本的にほぼ全員「こうなりたい」って思いながら過ごすと思うんです。小学校の授業でも将来の夢を描いたりしたのを思い出します。僕の幼少期を知っている人(たぶんこれ読んでないけど)は僕がサッカー選手になりたいってよく言ってのを知ってると思います。要するに、「こうなりたい」の方でした

 

「こうなりたい」「こうはなりたくない」。この2つの考え方は結局一緒のように見えて、全然違うって僕は思ってます。何歳になっても前者の考えの人は、成功すればよい生活ができると思っていますが、失敗した場合色々と大変な目に合うと思います。後者に関しては、大きな成功はありませんが、大きな失敗もない。みたいな人生を送ると思っています。

僕も大学生までは理想を求めて、今もドイツで昔の「こうなりたい」を叶えようとしていますが、長い目で見たときにずっとこの生活はできません。それはサッカーだけの話じゃないと思っています。なので人生どこかで後者の考え方を持たないといけないのかなと思っています。最近はそう思わさせる人間が周りに多いですし、大学の同期や先輩などをみて焦りを感じる部分もあるのかもしれません。

 

僕の例でいうと、例えば、大学やその後は「こうなりたい」って思ってドイツにいます。今もそれなりに「こうなりたい」っていう理想があって、それに向けて生活しています。しかし周りの人たちを見ていると、親にお金を借りながらドイツで生活して、練習の時間以外ずっと部屋でゲームしている日本人選手もいます。歳もそんなに若くないです。僕より先輩です。その人たちもその人たちなりの考えがあるんでしょうが、まぁ「こうはなりたくないな」ってよく思わされます。

僕はそれもあって何歳までに何をするっていう「こうなりたい」がダメな時の後を考えるようにしてますし、周りを見ながら「こうはなりたくない」って考え方を持ちながら、妹が大学生活を送っている間に金銭面でサポートできるようになるってのも「こうなりたい」側の考え方も持つようにしています。

 

僕のこの書き方だと、「こうなりたい」の考え方だけは良くないってとらえてしまうかもしれませんが、そうではありません。最初に言ったように大きな目標を持つのは大事ですし、社会人になって働き始めたらより上を見ながら働くってのも大事だと考えています。

 

なぜこの記事を書いたか、皆さんはどっちなのかを知りたいからです。なのでぜひ教えてください。匿名がいい人は質問箱とかにでもいいので、教えてくれればうれしいです。

peing.net

 

ちなみに、ブログ新しくする予定なので、はてなブログの記事はこれがさいごかなって思います。少し時間がかかるんでそんな期待せずに待っててください。

 

では。